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第3章 チャット機能、地獄の開門

last update Last Updated: 2025-07-01 18:41:41

朝の六時半に夫は家を出て行った。

隆広は食材の仕込みの仕事のために朝早くから家を出る。

由樹は彩花を保育園まで送って行く。

保育園から戻って来て自宅に誰もいなくなると朝食を食べる。

狭い台所に立った。

ワゴンの上に置いてある八枚切りの食パンを一枚取ってトースターに入れた。

焼けるまでの間、

カップを食器棚から取り出して牛乳を入れて電子レンジで一分半温めた。

食パンとホットミルクがほぼ同時にできる。

冷蔵庫からマーガリンとイチゴジャムを取り出してから、

食パンとホットミルクを持ってテーブルの前に座った。

食パンにマーガリンとジャムを塗って頬張る。

美味い。

幸せの一時だ。

毎朝、

隆広がいない部屋で朝食を取ることが習慣になっていた。

パンの表面の焦げと中の羽毛のような柔らかさが癒してくれる。

食事が終わると、

スマホで旦那デスノートを開いた。

今日は書き込まずに、

他の家庭では旦那にどんな苛立ちを抱いているのか確認した。

他人の不幸を見て自分はまだマシだと思える点も旦那デスノートの利点だ。

由樹は最近の「デス書き込み」と呼ばれている書き込みを読んで、

ひたすら「死んでイイね」を付けていった。

ここのサイトでは「イイね」じゃなくて「死んでイイね」なことが面白い。

〈家に金だけ落としてくれればそれで良い。

でも一生家には戻って来るんじゃねえ。

世の中の糞ダンナ、

よおく聞け。

全国の妻はそう思っているんだ。

自分が稼いでる?

自分が休みの日には子供の面倒見てる?

自分は妻の負担になることは言ってない?

はあ?

寝言言ってんじゃねえぞ。

おめえの存在自体がコッチのストレスなんだよ。

早く死ね。

それだけが家族の願いだ。

そんで保険金を落とせ〉

〈本当に死にました。

心筋梗塞か脳溢血か何かは忘れましたが、

とにかくダンナが消えていなくなりました。

ほんっとうに死神様、

ありがとうございます。

まあ、

当然の結果だとは思いますがね。

天はクズを見逃さないものですから。

これでヤツの臭い下着も、

臭い枕カバーも、

臭い箸も何もかも捨て去ることができます。

あんなもんは生まれ変わっても犬の糞が妥当でしょう。

お母さんのお腹じゃなくて、

犬の肛門から出て来るんでしょう。

あ、

犬飼っている方はごめんなさい。

ワンちゃんが出した糞はしっかり処分して下さいね〉

〈ウチは偽装結婚なので
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